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ダラ古代都市

マルディンの30㎞南東に位置するオウス村にあるダラは、地方の古代集落の中でも最も素晴らしいものです。古代名をアナスタスィオポリスというこの都市がいつ頃できたのかはわかっていません。ダラは何百年もの間メソポタミア最重要の商業の中心地のうちのひとつでした。この都市はペルシャ帝国ダリウス王やアレキサンダー大王の戦をも目撃してきました。

ペルシャ人が363年にヌサイビンを征服すると、この一帯はローマ帝国との国境となりました。都市は5世紀に皇帝アナスタスィウスによって前方国境門とされました。100年後にペルシャ人の手に落ちました。7世紀末ごろウマイヤ朝、その後アッバース朝、15世紀にはオスマン朝の支配下にはいりました。

岩山に掘られてつくられたダラの都市は、その周辺を含んで広い地域に広がりました。ダラの東側にある岩窟墓はクルチャイまで続いています。周囲が4㎞の城壁で囲まれている都市の南側と北側に二つの門があります。内側の城塞は都市の北側に50メートルの高さの丘の上に建設されました。

都市内の教会、宮殿、市場、牢獄、武器庫、貯水池、堰の遺跡を現在も見ることが出来ます。村の北側には南へ向かって下る岩山を掘って、素晴らしい堰がつくられています。この堰は今でも水をたたえています。また、村の周辺にはローマ後期にさかのぼる洞窟民家が見られます。