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カスミエ神学校

メソポタミアの荘厳な番人、カスミエ神学校...

碑文はありませんが、カスミエ神学校の建設はアルトゥクル朝の時代に始められ、アクコユンル朝の時代にスルタン・カスムによって1487-1502年の間に続けられたことが分かっています。マルディンの建造物の中でも最大で、2階建て、開放的中庭、切出石とレンガが同時に使用されたこの神学校は、広大なメソポタミア平原を包み込み続けています。

今日まで残ることができた神学校は、多目的に使われてきました。神学校の壁には天文学や医学に関する記号が描かれています。神学校のレヴァック(アーチのある列柱の下のアーケード)のある中庭には、大きな水槽があります。水槽から何メートルか離れた泉から流れてくる水は、といを通って水槽に注がれます。この水槽は人間の人生を誕生から死までを表現するため、哲学的建築のアプローチで設計されました。

誕生を象徴する水源、その後人生の始まり、蓄積の場所、長く細い青年時代の後、老年の疲れを表す水槽、そして死を表す部分とあの世を表す大きな貯水槽...

かつて、水槽に映し出される夜空の星で天文学の授業が行われていたそうです。教室の扉の高さは1m以上になっています。このおかげで学生たちは教師の前へ出るときに、頭を下げて敬意を表し、失礼がないようにすることを思い出します。

600年前から言い伝えられてきた伝説によると、カスム・スルタンの頭部はこの神学校でティムールによって切られたといいます。カスムの妹は兄の血が床に残らないように地面に流れた血をを拭いた頭にかぶるスカーフをはたき、血は神学校のエイヴァンの壁にはねました。その血の跡は今でもエイヴァンの壁についているということです。