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ミディヤット

ミディヤットは建築的に見てメソポタミアでもっとも興味深い場所のうちのひとつです。段々になった石造りの家並み、アッバラ(路地にかかった渡り廊下の下の通路)、その合間に見える鐘楼が中世の都市を思い起こさせます。都市はアラブ人が住んでいるエステルと、スルヤニが住んでいるミディヤット旧市街のふたつの地区からなっています。

ミディヤットの民家や、邸宅は、歴史書やおとぎ話から飛び出てきたようです。マルディンの住宅よりも装飾的であるミディヤット民家の内部も、外部と同様に趣向が凝らされています。

ミディヤットの人々はおおよそ2千年ほど前から銀工芸とブドウ栽培を営んでいます。テルキャリ工芸の最も素晴らしい作品、伝統的手法で生産されているマハレブ・チェリーのスルヤニ・ワイン、カルダモン入りのコーヒーを、今でもミディヤットのバザールで見つけることができます。

ミディヤットの府主教座教会であり、9世紀のものとされているモル・スィムニ教会、4世紀に建てられた教会の基礎の上に建てられたマル・バルサヴモ教会、そしてミディヤット最新の教会である、1950年建造のモル・シャルベル教会は、未だにキリスト教宗派の人々に奉仕をしています。

ミディヤットに1800年に建てられたウル・ジャーミー、1915年建造のハジュ・アブドゥッラフマン・ジャーミー、1925年建造のジェヴァット・パシャ・ジャーミーも必見の場所です。

ミディヤット郡から18㎞東に、スルヤニの一派にとって有名で偉大な細工品であるデイルル・ウムル修道院(モル・ガブリエル)があります。修道院の基礎はサムル出身のモル・サムエルとカルトミン出身のモル・シェムンによって紀元後397年に築かれました・修道院の内部及び外部は様々な年代に増築されました。

615-1049年の間、府主教座の本部であった修道院は、アルカディウス帝(395-408年)の時代にモル・シェムンによって避難所や祈祷場、テオドシウス帝(408-450年)の時代には石棺が置かれる記念堂、聖母マリア教会、レスルレル教会、クルクシェヒット教会、モル・アムエル礼拝所、皇帝の娘テオドラがモル・サムエルによって治癒したことを祝うために建てられたテオドラの塔、モル・シュレムン教会、512年にアナスタシウス帝によって建てられた大教会を有しています。建物群は今日でも素晴らしい建築的作品であり、その伝説的な性格を持てるすべての壮麗さで守り続けています。

ミディヤットのトゥル・アビディン、つまり「クル山」では、特に4世紀に修道院建築ラッシュがありました。

ギュルギョゼ(アインヴェルディ)村と村のマル・ハッドゥ・ブシャボ教会、アルトゥンタシュ(クフェルゼ)村と荘厳なマル・イゾゾエル教会、アヌットゥル(ハフ)村と村にあるトルコ、ひょっとしたら未だに運営されている世界最古の聖母マリア教会、バルシュテペ(サラフ)村と書記ビザンツ時代のマル・ヤクップ教会、少しトスカーナ、また少しカッパドキアを彷彿とさせるイズブラカン(ザズ)教会など、トゥル―アブディン地域には見るべき素晴らしい場所多くあります。