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ルムカレ

ルムカレを最もよく表現したのは、1838年にここを訪れたモルトケでした。「岩山がどこまでなのか、人間の手によるのがどこからなのかを言うのは大変難しい」

断崖絶壁の険しい岩山の上からメソポタミアを見つめているルムカレは、自然と調和した建築で人目を惹きます。城塞の独自の建築の目的は、陸地と城塞の直接的な関係を断つことでした。このおかげでルムカレは、本物の防衛城塞として知られています。

3500㎡の面積に建設された城塞の現在でも見ることが出来る建造物は、北側と東側にある塔とその跡です。聖ネルセス教会(1175年)、バルシャウマ修道院(13世紀)、多くの建造物の跡、貯水池、ユーフラテス川へ通じる8mの幅、75mの深さを持つらせん状の井戸や濠があります。

11世紀にフロムグラという名で有名になったのは、イエス・キリストの使者のうちのひとりヨハネ(ユハンナ)がローマ時代にルムカレに住み着き、岩山を掘った部屋で聖書を複写したという言い伝えによります。また、12世紀には詩人の聖ネルセンが宗派統一のために帝国の使者とここで会合を持ったということで、この城塞と都市の重要性が増しました。

17世紀にルムカレを訪れた旅行家のエヴリヤ・チェレビは、ルムカレが丘の上に建つ頑丈な城塞で、外側にはモスク、ハン、小さなバザールがあり、庭や果樹が多くあることを強調しています。今日、その果樹園のすべてはビレジック・ダム湖の水底に沈んでしまっています。

18世紀に組織されたアルメニア・カトリック教会の宗教指導者は、今でもルムカレ(フロムグラ)の大主教の称号を有していますが、その教会の聖職位はベイルートにあります。