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城壁とヘヴセル庭園

天国の庭園「ヘヴセル」は、都市の南東部、チグリス川が運んでくる肥沃な土でできました。城壁のすぐ裾で、様々な果物の木や野菜の庭園を有するヘヴセル庭園は、何千年もの間都市の野菜や果物の需要をまかなってきました。

チグリス川河畔のこの豊かな庭園は、渡り鳥の宿にもなっています。野鳥はヘヴセル庭園で羽を休め、宿をとって非難します。108種の野鳥が生息しているヘヴセル庭園にいる、大きな群れで行動するチャイロヒワやメネトリームシクイは、この地域独自の種類です。猛凛類も住処としているこの野鳥天国の片隅は、ピクニック場としても訪問者を受け入れています。

この比類のない美しい庭園は、2015年にUNESCOの世界遺産に登録されました。

世界最古で最強の城壁のうちのひとつであるディヤルバクルの城壁は、万里の長城の次に長い城壁です。5,5㎞の長さ、8mの高さ、内部及び外部を合わせて二つの部分に分かれているディヤルバクルの城壁は、切削玄武岩でできています。城壁がいつ、誰によって建造されたのかははっきりわかっていません。そのほとんどが残っているディヤルバクルの城壁は、今日ディヤルバクルと呼ばれている旧市街をぐるりと囲んでいます。

ディヤルバクル城を空から鳥瞰してみますと、イボガレイのような形になっています。城壁の上を彫刻やレリーフのモチーフで装飾された書が帯状になって囲んでいます。ディヤルバクル城塞には正方形、多角形、円形など様々な形の82の塔があります。これらのうち最も重要なものは、ケチ・ブルジュ(ヤギの塔)、イェディ・カルデシ・ブルジュ(7人兄弟の塔)、エヴリ・ベデン・ブルジュ(結婚した身体の塔)、ダーカプ・ブルジュ(山門の塔)、ヌル・ブルジュ(光の塔)です。城塞の4方には4つの門があります。北側にはダーカプ(ハルプット・カプ)、西側にはウルファカプ(ルム・カプ)、南側にはマルディンカプ(テル・カプ)、東にはイェニカプ(ディジレ、あるいはス・カプ)です。(カプは「門」という意味)

この門と塔には動物や植物のレリーフ、双頭の鷲、スフィンクス、十字架、牡牛とライオンの闘いと、これらを取り囲む碑文が刻まれています。このため、ディヤルバクルは歴史が石に刻まれた城塞都市と言われています。

この比類のない素晴らしさは、ディヤルバクルの象徴である碑文、石碑、レリーフの形態で野外博物館を思わせる全長5千7百メートル、高さ12メートルの歴史的城壁、その独自の機能が何千年もの間守られてきた700ヘクタールの面積を有するヘヴセル庭園も含め、2015年7月14日にドイツのボンで行われた第39回UNESCO世界遺産委員会でトルコでは第14番目の世界遺産として登録されました。

さらにこの城壁には人々を震撼させる伝説があります。

伝説によるとこの地方の支配者は都市の城塞の西側に、装飾を施したふたつの塔を建てようとしました。この仕事をあてがわれた親方は、イェディ・カルデシ(7人兄弟)の塔を請け負い、その弟子にエヴリ・ベデン(結婚した身体)の塔をまかせました。塔の建設後、お付きの者とともに完成した塔を視察に来た支配者は、エヴリ・ベデン塔のほうがより美しいと言いました。それを我慢できなかった親方はイェディ・カルデシ塔から身投げしました。それを見た弟子も、耐えられずに城壁から飛び降りました。この出来事から後、エヴリ・ベデン塔とイェディ・カルデシ塔も含めてこの地域は「ベヌ・セン(私とあなた)」と呼ばれるようになりました。

もうひとつの伝説はイェディ・カルデシ塔にまつわるものです。

ある時代に敵がディヤルバクルの城壁を包囲しました。何日も流血の闘いが繰り広げられた後、城塞は陥落しました。しかし7人兄弟が防衛していた現在のイェディ・カルデシ(7人兄弟)塔はどうやっても降伏しません。敵は全力を挙げて攻撃しますが、うまくいきません。和解を求めて使者が送られましたが、このような返事が返ってきました。我々が降伏するにはる条件がある。我々の命をとらないことだ。ここを王と司令官にだけ引き渡す。ここに来れば、城を引き渡そう。そして我々の命はとらないと約束してくれ。

王はこの条件をのんで、司令官とともに塔へ入りました。彼らが足を踏み入れるとすぐ大きな爆発が起こりました。7人兄弟が火薬に火をつけたのです。城塞は吹っ飛んで、王も司令官も7人兄弟も死んでしまいました。この出来事からこの塔はイェディ・カルデシ(7人兄弟)の塔という名がつきました。