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ヴェイセル・カラニ廟

正式名をウヴェイス・ビン・アミリ・カラニといい、555-657年の間に生きていた重要人物で、イスラム世界では大きな母の愛情の象徴となっています。ヴェイセル・カラニはまだ4歳のときに父親を亡くし、人生の大半をラクダ飼いとして過ごしました。

預言者ムハンメッドの時代に生きていたヴェイセル・カラニは、預言者が生きている間に彼を見ることができませんでした。

ムハッディス(ムハンメッドの言葉を伝承する人々)は預言者の時代に生きていたにもかかわらず、彼を見ることができなかった人を「ムハドゥラムン」と呼びました。

ヴェイセル・カラニは年老いた母親を看なければならなかったので、母を置いて預言者ムハンメッドの元に行くことが出来ませんでした。伝説によると、一度会いに行こうとしたところ、母との約束のために引き返したということです。預言者ムハンメッドの遺言で彼が昇天した際に身に着けていた上着を、預言者オメル、預言者アリを通じてヴェイセル・カラニへ渡したそうです。

ヴェイセル・カラニは、スッフィーンの戦いの際に預言者アリ側で闘い、657年に殉教しました。この時代に勢力を持っていた3つのアラブ部族が彼の遺体を引き取ろうとしたところ、大きな口論になりました。次の日この3つの部族が運んでいた棺に奇跡が起こったと言われています。このようにして、イエメン、ダマスカスにある霊廟の他、スィイルト県のバイカン郡ズィヤレット町にも霊廟ができました。遺体はかなり後にスィイルトに、新たな部族が運んだと言い伝えられています。

ヴェイセル・カラニ廟には年間平均百万人もの人が訪れます。