5 Dec, 2023 0
12 Jul, 2022 0
<p>上メソポタミアの秘密の町シイルトは、時の足跡を何世紀も守り抜き、ジズレの険しい岩場をヴェールのようにかぶった花嫁のようです。紫色の山々や緑の谷の間で1万2000年にわたり存続してきたこの街は、ときに小さな集落、ときに要衝となりました。「聖人の世界」ともいわれるシイルトは、おそらくは東方で最多の宗教者、科学者を育んだ町の一つです。どれも大海のごとく貴いこの人々は、今でもシイルトの信仰世界に灯る光です。</p>...
<p>何千年にもわたり訪れる人をもてなす様々な文化で磨かれた「肥沃な三日月地帯」の食文化は、そうした様々な文化の跡を見せてくれる案内人のようです。この地で生まれた独自の料理はおびただしい数にのぼります。世界最古の集落だった地域で収穫する麦、ハーブ、そしてラム肉の料理などもその例です。麦やラム肉は地域の豊かさを、ハーブはかつての交易路の面影を浮き彫りにしています。ガーズィアンテップだけでも、公式に登録された地域料理は、バクラヴァやラフマージュンなど391種類あります。</p>
<p>メソポタミアの豊かな文化を洗練させた様々な製品が皆さんを待っています。何千年もの歴史を感じつつ、市場で手工芸品、乾燥・生のフルーツやナッツ、ほかにもいろいろな品物を楽しみ、旅の終わりに手作りの真珠母製品、絹織物、地域の新鮮な野菜から作ったピクルスの容器をお土産に買うことができます。ご自身だけでなく、お友達やお隣さんにも、スーツに入りきれないほどのお土産を買うのもいいでしょう。</p>
<p>12の文明に属する6つの碑文が見つかった、盾状の城壁、石の橋、歴史の跡を持つディヤルバクルは、「歴史が石に刻まれた」地です。今から1万2000年前にさかのぼる近東最古の集落の一つ、キョルティク丘をはじめ、数知れぬ人々がこの雄大な地を通り過ぎていきました。ローマ帝国、アクコユンル朝(白羊朝)、マルワーン朝、アルトゥク朝、ウマイヤ朝、アッバース朝、オスマン朝、ほかにも無数の文明がこのディヤルバクルの地に栄えました。ディヤルバクルは昔も今も「文化の東都」であり、肥沃な土地の秘密の宝に通じる扉であり、手工芸の匠の技が息づいています。記念碑のような宿、美しい橋の数々、歴史豊かな建物を抱えるディヤルバクルは、時を超えて、訪れる人に語りかけてきます。</p>...
<p>「世界で最も美しい日の出が見られる地」へようこそ!肥沃な三日月地帯の上方の要衝で、何千年にもわたり数知れない文明が栄えた地、それがアドゥヤマンです。誰がこの地を通り過ぎていったのでしょうか。ヒッタイト、アッシリア、ペルシャ、コンマゲネ、ローマ、ビザンツ、ウマイヤ、アッバース、セルジューク、オスマン・・・。どの時代の遺産も見られる文化の宝庫です。文化と歴史に限らず、ユーフラテス川のひんやりした水を楽しんだり、ツルを眺めながら自然の美に見とれるすばらしい体験もできます。自然といえば、平原を進むとアドゥヤマン特有の「アドゥヤマンの花嫁のチューリップ」を見るチャンスがいつもあります。アドゥヤマンで食の旅をする人々もたくさんの品物を買い込みます。チー・キョフテ、アドゥヤマン・ヒタビ、アドゥヤマン炒め、アイス入りチーズのヘルワ・・・数えあげればきりがないアドゥヤマンの名物の味が、忘れられないすてきな思い出を作ってくれます。</p>...
<p>1940年にラマン山地で石油が見つかるまで、イルフという小さな村だったバトマンは、その後急速に発展し、1990年にトルコの72番目の県になりました。史料では、エイルフまたはエイルヒと呼ばれているイルフ村は、平野の中心にある丘の斜面と上に築かれました。イルフ丘がある領域ではシュメール人の町が見つかっていますが、湿地の上に築かれているので、時とともに地下に埋もれたと考えられています。</p>...