このサイトは試験公開中です。間違った箇所があれば、info [@] mesopotamia.travel までお知らせ下さい。

ビルクレイン洞窟

古代からチグリス川が生まれる場所、ビルクレイン洞窟。

ビルクレインの水がはじめ地下を流れ、自然のトンネルを通って地上に出る場所がビルクレイン、あるいはディジレ(チグリス)トンネルと名付けられました。古代にこの水が地下に潜る場所は「世界の果て」と「定義され」ました。ピリニウスはこの峠を「死人が地下に潜った場所」と表現しました。

お互いに平行に伸びているこの岩山の中内部には3つの洞窟があります。そのうち南側の岩山の地下と内部から流れるビルクレインの水がある洞窟に、アッシリア王ティグラットゥピレセル1世(紀元前1114-1076年)とサルマナッサル3世(紀元前859-828年)の3つのレリーフと5つの楔形碑文があります。

碑文のうちのひとつでアッシリア王サルマナッサル3世はこのように言っています。

我が皇国を愛し、我が名を高める偉大なる神よ

アッシリア、ベル、シン、サマス、アダッド、ウスタル

サルマヌ‐アサレッド(サルマナッサル3世)、4つの世界の王。アッシリアの王、

トゥクルティ‐ニヌルタ(2世)の息子、アッシリアの王ナイリの国(=ヴァン湖)

海から太陽が沈む大洋(=地中海)を支配する征服者。

ハッティの国をすべて征服した。エンズ峠を進んだ。

スフム、ダイアヌ(そして)ウラルトゥの国をすべて征服した。

ギルザヌの国へ行った。ギルザヌ人たちの税を認めた。3度ナイリの国に行った。

我が名をチグリス川の岩に刻み付けた。