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ティッロ

スルヤニ語で「上昇する魂」という意味になる「ティッロ」には、昔からそこに住んでいた、あるいは住んでいたことのある聖人たちに敬意を表するために裸足になって足を踏み入れたそうです。今日まだ神学校で学生たちが学んでいる、石畳に神学的な声が響き渡るこの町は、何百年もの間神秘的な雰囲気を全く失っていません。

1655-1734年の間に生きた多くの高名な神学者のうちのひとりであるイスマイル・ファキルッラーと、彼の弟子であったイスマイル・ハック(1703-1680年)、その孫であるスルタン・メムドゥフ(1761-1847年)の霊廟はスィイルトにあり、毎年何万人もの人が訪れます。

女性の聖人で詩人でもあるゼムゼムル・ハッサの霊廟もティッロにあります。彼は同時にスルタン・メムドゥフの妻でもあります。13世紀に生きたシェイフ(導師)・ハムザ・エル・ケビルとその息子シェイフ・イブラヒム・エル・ムジャヒットの霊廟もティッロにあります。

1700年に月と地球の間の距離を、パラサング(ペルシャの距離単位として。1パラサング=5.5㎞)43,198パラサングと計算した知識人のイブラヒム・ハックもスィイルトに住んでいました。1703年にエルズルムで生まれたイブラヒム・ハックは、彼の教師のイスマイル・ファキルッラーの導きで多くの発明や重要な作品を生み出しました。「新年に上る日の光が、先生の頭を照らさなくて何になる」と言って、教師の霊廟に驚くべき光のしかけを考えました。

昼夜の長さが等しくなる3月21日と9月23日の朝上る日の光が、霊の正面の窓から差し込み、イスマイル・ファキルッラーの棺の頭部を照らします。

イブラヒム・ハックはこのしかけを実現させるため、郡を見下ろす丘の上に、人々の間でケレトゥル・ウスタッドと言われている積み上げた石からなる壁を作らせました。日の光はこの壁の中央の窓から差し込み何キロメートルか下にあるティッロに届きます。ここで鏡の反射を利用してイスマイル・ファキルッラーの霊廟の頭部が照らされます。

イスマイル・ハックの、地理学から教育学、心理学から社会学、天文学から気候学、さらには数学から生物学にいたるまでほとんどすべての学問を含み、2巻からなる「マーリフェットナーメ」という著書は、現在でも感心するほどの質の高さです。今日、彼が使っていた宇宙構造の道具、地図、太陽系に関する球体、手書きの書などは、ティッロの子孫たちの家-私設のイスマイル・ハック博物館に展示されています。

好まないことも汝の善のため

好むこともが汝にとって悪となることもある

賢者にはそれがすぐわかる

それは汝にはわからない

アッラーのみぞ知る